~今まで当然と思っていたことを一度疑ってみることからはじめる~

☆既成概念という囚われからの解放

・・・例えば、多くの病気の真の原因をつくっているのは自分たち人間の仕業(エゴ)であるということや、害虫という虫はいない、悪玉菌(病原菌?)という菌はいない、という事実。

☆思い込みを一度捨てる

・・・例えば、化成肥料がないと作物は育たない、農薬は必要というのは本当か?誰か(科学者、製薬会社、国、自治体、販売者)に刷り込まれた常識かも!?そんな視点で今まで疑ってみたことありますか?

☆平和利用=人の幸福、というパラドックス

・・・原子力発電、農薬、化学肥料は戦争に備えた殺人兵器の副産物。先に動き出したのは、弾薬や毒ガスなど化学兵器であり、原子爆弾です。人を一瞬で殺す目的で作られたのですから、虫は勿論、人間にも良く効く!?

☆健康=病院や医者、薬品、医療技術・・・健康のためなら死んでもいい!?

健康とはいったいどういうことなのか?
先ず、なぜ人びとが病気になるのかということを考えてみては。

☆教育=カリキュラムをどのように教えるか?に終始

カリキュラムそのものはいいのか?学ぶとはいったいどうゆうことなのか?自然の理にかなっているのか?そして、人間的なのか?

すべての問題、課題に対して私たち一人ひとりに責任があります。他人事ではありません。何が真実で何が大事なのか、先ず自分自身で考え、確認、判断しながら行動していきましょう。3~4世代かけて環境破壊してきましたので、これを改善・回復するにはこれから3~4世代かかることを覚悟して、“隗より始めよ”ですね。今始めればまだ間に合います!

何を見て、何を考え、どのように生かすか

私たちは目先のこと、利益のこと、都合の良し悪しのことはよく考えますが、自分たちにとって真の財産、例えば、土のこと、作物のこと、消費者のこと、子孫のこと、さらにこの「かけがえのないふるさとの環境」(社会的共通資本)のことを考えているのでしょうか。

自然のままの山(原生林)には病気も虫による食害も見受けられません。なぜでしょうか?

多様な木々や草、そしてその落ち葉や小枝、倒木、それらを分解するミミズや微生物たち、これらを捕食する小動物や小鳥たち、・・・そこに降り注ぐ光や雨、吹き抜ける風、自然は見事なバランスを保ちつつ、そこに棲むすべてのものにとって最適な環境を作りあげています。木と木の距離(隙間)大木と低木、そして草花たちの草丈の違い、みんなが一緒に生きられる多様性のバランスを絶妙にとりつつ、お互いを生かし合い共存共栄しています。

そこには病気や虫による害(蔓延り)はありません。勿論、農薬も肥料も使っていません。

戦後、松枯れなど山の様子に異変が起きていますが、これも真の原因は環境汚染(酸性雨)や植林など人間の営みに因るものです。余談ですが、松枯れ対策と称して日本全国で長年ず~っと大金(税金)を投じて防除して来ましたが、松が元気になったとか、山が蘇ったという事例はこれまで1件も聞いたことがありません。

ドイツ?フランス?アメリカ?→国やJA?ー製薬会社(農薬)→地方自治体+JA→空中散布企業→保育園や幼稚園、小学校、中学校の子供たちの病気→病院→製薬会社(治療薬)→国・・・わけのわからない(何が原因か解かっていない)連鎖が、負の循環が営々と続く。

環境を良くすることで、土壌が健全性を保ち、微生物はバランスよく生息し働いてくれて、滋味で美味しい作物が採れ、それを食べる動物(家畜やペット)も人も健康となります。人は病気や不安から解放され、経済を含め豊かな人生を全うできると考えています。

体は常に正しくはたらく

人や動植物の病気の真の原因を正確に特定することはできません。由って、現代の科学(医学や薬学)の得意とする対症療法だけで、原因を特定してピンポイントで治癒する、或いは予防することは甚だ難しいことです。一時的に抑え、散らし、眠らせるに過ぎないことをもっと知らなければなりません。“自然界には4百4病あるが、薬を使うほどのことはない”と言われた先人がおられましたが、正にその通りかと思われます。

人も動植物も薬等に頼らず病気を治癒する、予防できる共通の要件があるとすれば、それは「環境(場)に依る」ということではないでしょうか。環境には、物理的な側面と精神的側面があり、また、体外的側面と体内的側面があります。植物・作物は土壌の健全性や四囲のあらゆる条件や作用によるところが大きく、動物や人間はその植物・作物に依存して生きています。『食という環境』の保全と更に意識(心)のあり方などによって私たち自身の健康と健全性を維持していかなければなりません。

―不健康な土壌からとれた食物を食べている限り、魂は自らを肉体の牢獄から解放するためのスタミナを欠いたままだろう―(ルドルフ・シュタイナー)

素直とか謙虚ということと、鵜呑みにすることは全く別物です。日々ありとあらゆる情報がTVやインターネット・新聞・雑誌などから流れ出ています。それによって私たちはいかに危険(リスキー)な状況におかれているかを理解するためには、自ら確かめ、感じて、考えて、真実を判(解)ることです。

“今日はどんなものを食べ、何を飲みましたか!?”

病気になり、薬(毒)を使う原因(環境)は自分自身で創っています。